ナショナルギャラリー(ロンドン)のダ・ヴィンチさんとゴッホさん他

ロンドン

2018年8月18日~8月26日 ロンドン旅行日記~シェイクスピア三昧より~

ピカデリー・サーカス駅、レスター・スクエア駅、チャリング・クロス駅のトライアングルフォーメンションの中にそびえ立つナショナルギャラリー、現代の怪盗ルパンとなって名画の下見に潜伏!

ナショナルギャラリー(ロンドン)とは
日本でいうところの国立美術館で特別なイベント展示を除いて入館料無料、管理維持費の一部は寄付で運営。
Link(英語): https://www.nationalgallery.org.uk/

展示案内:正面入り口から入って左回り
左建物「セインズベリー・ウイング」1200-1500年代 ベリーニ、ファン・エイク、ピエロ、ラファエロ、ウッチエロ  ★レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」

メインフロア「ギャラリー左手前」1500-160年代
ティツィアーノ、ホルバイン、ブロンズィーノ、マセイス、ヴェロネーゼ
メインフロア「ギャラリー左手奥」」:1600-1700年
フェルメール、ベラスケス、レンブラント、ルーベンス、ヴァン・ダイク
メインフロア「ギャラリー右側」:1700-1930年
ターナー、コンスタブル、スタッブス、モネ、ファン・ゴッホ、スーラ

Photo by The National Gallery HP

その歴史
1824年4月、銀行家ジョン・ジュリアス・アンガースタインが遺した38点のコレクション を£57,000で政府が買い取ることに合意(全ての人の楽しみと教育のために新しい国立コレクションの中核をなすことを目的として)し、1824年5月10日ペル・メル街にあったアンガースタイン所有のロンドン・ペルメル街100番地タウンハウス(貴族や裕福な家系の都市部における住居宅)に開館。その後100番地の地盤沈下により一時的に105番地へ移設するも、道路敷設による取り壊しが決定となり1832年ウィリアム・ウィルキンスの設計による新しい美術館の建築が始まり、1838年現在のトラファルガー広場に開館。

岩窟の聖母(The Virgin of the Rocks) -ダ・ビンチ先生

同じ構成、構図の2作品
1491年~1508年の間に描かれたと言われているレオナルド・ダ・ヴィンチ先生による作品。本作品はほぼ同じ構成、構図で描かれた作品が2作あり、1作はパリのルーブル美術館が所有しており、いくつかの相違点があるもののその来歴はほとんど伝わっておらず、どちらが先に描かれたのかは未だに議論中。

Newフレーム(額縁)
最近まで絵画はルネサンスのデザインにあった19世紀のフレームで飾られていました。しかしナショナルギャラリー館内のフレーム責任者ピーター・シェード氏がオークションカタログで同時代16世紀初頭のイタリア北部のフレーム破片を発見しそれを強力な基盤としてフレームを作成、その完成により現在は絵画に似合った額縁に飾られている。
ちなみに16世紀のミラノで使用されているスタイルのルネッサンスフレームは市場に出回ることはあまりなく、これはギャラリーにとってちょうどいい時期に購入できる重要な発見だった。
More information here:フレームについて by The National Gallery(英語)

ミテリアス聖母
この絵画にある象徴性と秘密の歴史、そしてルネサンスの傑作の背後にあるものは何か学びましょう。
レオナルド・ダ・ヴィンチ先生によるこの不思議な絵は、山、洞窟、水を背景に暗い風景の中で聖母、キリスト、聖ヨハネ、そして天使を表しています。イエスと彼のいとこの洗礼者ヨハネの幼年期の伝説的な出会いの物語は14世紀に初めて流行。それはヘロデ王が罪のない大虐殺を命じたとき聖家族はエジプトに逃げ、途中で同じく虐殺を免れた聖ヨハネ出会ったお話。

岩窟の聖母は、人物像をモデル化するために輪郭ではなく影を使用するというダ・ビンチ先生の革命的な手法を示しています。聖母子は通常明るい日差しの中、彼らの顔は空を背景にして見られますが、ダ・ビンチ先生は光で顔をモデル化するために岩の暗い背景を選択、この手法は画像をとても印象的で珍しいものにしています。

隠喩
そもそもダ・ビンチ先生は聖地がどのようなものであるかを想像しておらず、その奇妙な岩の形をした暗い風景は特定の場所に似ていることを意図してもいなかった。しかしマリアとイエスについての一連の考えを思い出すと全体の風景は聖書と文学の比喩への言及と共鳴しています。

岩や洞窟は聖域を示唆しており、聖家族を記述する特定の比喩のためとくにマリアとヨセフの関係が使用されていました。聖母マリアは「人間の手ではなく岩の割れ目」と見なされ、神の子としてのキリストは「人間の手によってではなく、山から切り取られた山」でした。

聖母マリアの絵画の花にも特別な意味があります。 絵画の左下にある花の塊は、スター・オブ・ベツレヘム、またはハートシーズ – 純粋さと贖いの象徴 – です。 幼児ジョンの頭の後ろに見られるヤシの葉は、聖母マリアの紋章であり、勝利の象徴です。

ルネサンス時代の男女はこれらの比喩を認識することに慣れており、レオナルド・ダ・ビンチ先生の天才の一部は自然に忠実である何かを創造する彼の技能でした。

More information here:参考元 by The National Gallery(英語)

ヴィエールを弾く緑の天使(An Angel in Green with a Vielle)-ダ・ビンチ先生

ヴィエールを弾く緑の天使
こちらは別の作品「リュートのある赤の天使」の絵画とともにダ・ビンチ先生の「岩窟の聖母」と同じ祭壇画から来ており、右側にヴィエールを弾く緑、左側にリュートを弾く赤、真ん中に岩窟の聖母という戦隊シリーズのような三位一体で並んでいたとかいないとか。
作品は1490年から1499年頃にポプラ製の木製パネルに描かれており、この天使のポーズとキャラクターはダ・ビンチ先生の絵の中のものを反映しており、ダ・ビンチ先生もデザ​​インの中で何らかの役割を果たしたようですが作品自体はダ・ヴィンチ先生の仲間、フランチェスコ・ナポレターノによって描かれたと考えられています。

コメント:もう1作品の「リュートのある赤の天使」については写真撮影していないのでまた別の機会に・・・・

聖母子と聖アンナと洗礼者ヨハネ(The Virgin and Child with St Anne and St John the Baptist )-ダ・ビンチ先生

聖母子と聖アンナと洗礼者ヨハネ(1499-1500年頃)
時々バーリントンハウス漫画と呼ばれるこの絵は、接着した8枚の紙の上に木炭と白黒チョークで描かれており、その大きいサイズとフォーマットの図面は絵のための漫画であると推定されています。(但し、この漫画に基づいているダ・ビンチ先生の絵画は存在していない)
この絵は、聖母マリアが子供のイエスを抱いて自分の母親である聖アンナの膝の上に座り、イエスの幼い従兄弟である洗礼者の聖ヨハネが右にいる様子を描いています。

描かれた年代と場所には意義があり、ナショナルギャラリーは1499年-1500年のダ・ビンチ先生がミラノ滞在時の終わり頃に制作した説を好んでおり、大部分の学者は1506年-1508年頃のダ・ビンチ先生がフィレンツェとミラノの間を往復していた時期が制作した説を好んでいる。つまり制作年代不明。

More information here:The Virgin and Child with St Anne and St John the Baptist_Wikipedia(英語)

攻撃された絵画
本作品は1962年£80万で売りに出された際、ナショナルギャラリーに展示され4ヵ月余りで四分の一以上、百万人の人々が来館その多くは作品をイギリスで保持するために寄付をし、ナショナル・アート・コレクション・ファンドの一部の寄付もあり結果落札に成功しました。1987年、作品は約7フィートの距離からソードオフ・ショットガン(ショットガンの銃身を切り詰め、銃床も短くした(あるいは無くした)もの)で破壊行為に襲われ、爆風はガラスの覆いを粉々にしその後修復されたアートワークに大きなダメージを与えた。犯人は精神病者として認定され「英国の政治的、社会的、経済的状況」に注意を向けるために行為に及んだと証言した。

コメント:社会への不満に対して、声を上げ人を集めて変格を行うのではなく、ショットガンで絵画を破壊するという過激な行動・・・それがまだ32年前の事実である事が恐ろしい。そしてこの10年後、何も知らない私自身がナショナルギャラリーに訪れた事実を今知った事も恐ろしい。

レオナル・ド・ダヴィンチ(1452-1519)
聖マリアは彼女の母親、聖アンナの膝の上に座っています。キリストの子は、彼の従兄弟である洗礼者聖ヨハネ(右の子)を祝福します。二人の子供の間の相互作用もレオナルドの「岩窟の聖母」の主題です。

この大きな絵は漫画、つまり実物大の絵画の下準備です。デザインをパネルに転写するために、漫画の輪郭は通常切ら取られたりしていました。これはそうではありません。この複合体は完成した図面としてそれ自体で保存されているためです。意図的に未確定のままになっている領域もありますが、完成した図面または大まかな輪郭としてそのまま保存されているはずです。

ナショナルギャラリーの絵は、フランスのルイ13世王によってレオナルドに与えられた絵の依頼に関連しています(2番目の妻の名前はアン) 。

蝶と長い草(Long Grass with Butterflies )-ゴッホ先生

フィンセント・ファン・ゴッホ先生は、1889年5月から1890年5月までアルル近郊のサンレミの庇護施設に入院していました。前年12月23日、自身で左耳を切り落としその感染症を防ぐため、そしてそれまでの幻聴や幻覚、精神に異常をきたしているような症状により単独病室に閉じ込められ、実質監禁室にいる間は制作活動をすることも制限されていた。彼が到着した直後、この「放棄された庭園」について 「草は高くボサボサして育ち、あらゆる雑草が混ざっている」と述べた。この庭園の景色は、療養中の滞在終わりに描かれ。

コメント:この絵はゴッホ先生が左耳を切り落とした後の治療施設で描いた絵の1つ。この事件後のゴッホ先生は鮮やかな黄色よりも青、緑を多用し世界観から色が失われたような絵になったと思う。以前、東京上野の美術館にゴッホ展がきたときにショップで「オーヴェルのオワーズ川の川岸」のポストカードを買い部屋に飾ってみたものの、見る度に不安になる。これはこのまま飾っていて良いものだろうか・・・

ひまわり(The Sunflowers)-ゴッホ先生

ひまわり1/4
これは、1888年8月と9月に描かれたひまわりの4つの絵のうちの1つで、ファン・ゴッホ先生は彼がフランス南部のアルルで借りたいわゆるイエローハウスのゴーギャンの寝室に絵を飾るつもりでした。(彼とゴーギャンは1888年10月から12月まで一緒にそこにいた)。同年8月にゴッホ先生は、兄のテオに「私は日の出から毎朝制作に取り組んでいます、なぜなら花はとても早く衰退するからです。 私は今ひまわりの4枚目に取り掛かっています。この4番目の花は14の花の束で、それは特別なな効果を与えます。」と手紙を書いている。
死にかけている花は太い筆で描かれ、インパスト(ブラシまたはパレットナイフの跡が見えるように厚く絵の具塗布する絵画)は種まきの質感を呼び起こしています。

ファン・ゴッホの椅子(Van Gogh’s Chair)-ゴッホ先生

1888年5月7日、ゴッホ先生はフランス南部のアルルにあるオテル・カレルからカフェ・ド・ラ・ガールに移り、この借家イエローハウスでフランスのポスト印象派の画家、ポール・ゴーギャンと共同生活を始めるのですが、入居する前に家具を用意する必要がありゴッホ先生はシンプルな家具を購入した後それぞれの所有者の性格を反映した空の椅子の一対の絵を描くという考えを持っていました。

2つの椅子の絵:
その結果、この絵とゴーギャンの椅子の絵が完成。2つの絵は芸術家の対照的な性格を反映している。
ゴッホは控えめでシンプルな椅子で、そのスタイルは素朴な価値観を持つ真っすぐな農民を示唆しており、日光に照らされてた木製の椅子の黄色い色調はファン・ゴッホの黄色に対する愛、さらにはおそらく彼の髪の色と肌色を思い出させます。
彼の椅子にはパイプとタバコの袋があり、静物画のオランダの伝統そして煙のはかなさは私たちの生命の脆弱性を思い出させる。喫煙はファンゴッホのお気に入りの娯楽であり、それはまた彼の思慮深い人格を示唆しているかもしれません。背後にある発芽玉ねぎ、もしくはニンニクのように見えるものでいっぱいの署名付きボックスの意味は謎のままです。

ゴーギャンの肘掛け椅子
Photo by the National Gallery

ゴーギャンの椅子は、クルミのようなより暗い赤茶色の木で洗練され上品に刻まれて磨かれた対照的な椅子を表している。ゴッホ先生はゴーギャンをエキゾチックに表現し自分自身よりも自信があり野心的でゴーギャンの濃い肌と髪を反映している。 2つの絵の対比は、ファン・ゴッホが「昼と夜と同じくらい違う」と示唆しているかのように特に日中と夜間の設定によって際立っています。

ゴッホ先生がイエローハウスを装飾するために描いた絵:
ヴァン・ゴッホの椅子(1888)、ベッドルーム・イン・アルル(1888)、ナイトカフェ(1888)、カフェテラス・アット・ナイト(1888年9月)、星空の夜を含む一連の絵画を始め、ローヌの上(1888)、12のひまわりと花瓶(1888)

アレクサンドロス大王の前に出たダレイオスの家族 (The Family of Darius before Alexander)-パオロ先生

アレキサンダーの前に出たダレイアスの家族は、1565年年-1570年、パオロヴェロネーゼによる作品で、イッソスの戦い(紀元前333年10月に起こったアルゲアス朝およびコリントス同盟の連合軍とアケメネス朝の戦い)の後、敗北したペルシャ皇帝ダレイオスの家族によってなされた過ち(アレキサンダーと彼の友人ヘファイスティオンを間違えた)を許すべく歩み寄った瞬間を描写し、ダレイオスの家族の聴衆に対する困惑を再現しています。アレクサンダーは自分を指して明らかに彼らの過ちにびっくりしているヘファステイオンに身振りで示しています。

右隅のワンちゃんと見つめ合う子供

ヴェロネーゼの解釈は繊細なうえ上品で、赤に身を包み古典的な装甲を身に着けているアレキサンダーを除いて、現代的な様式の服で表面全体にわたって優雅に配列しており、現代的な建物を反響させながら背景は劇場のように作られています。

コメント:絵を隅々まで見ていたら右隅にスレンダーな犬を発見!この犬にも何か意味があるのだろうか??
絵画はその歴史背景、所有者の依頼事項で意味を成している作品が多い。テレビの無い時代、芸術が娯楽の1つでもあっただろうし世の中にある絵画全部を把握するなんてできないけど、やはり実物を鑑賞する時はその絵についてその背景を知ってた方が面白さは全然違うね。

おまけ-ナショナルギャラリー(個人的意見)観光の勧め方

団体ツアー旅行参加により滞在1~2時間の場合
ナショナルギャラリーは広く、そして絵画が2,300点以上も展示されている。つまり全部の絵画を歩きながら目を通すだけで1時間、気になった絵に立ち止まって鑑賞すると2時間でも足りない。入口で有料のフロア案内ガイダンス(日本語)£2.00をお買い上げして番号通りに鑑賞すると2時間強はかかると思う。
という事は「展示作品を全部観たけど記憶に残らない・・・」とならないように、「この絵画だけは押さえましょう!」作戦で1時間30分+お土産購入&カフェでお茶に30分を決行するのが良いのではないでしょうか。

という事でナショナルギャラリー推奨の「必ず観ましょう作品」が以下30作品。これを全部観るだけでも1作品2~3分で回らなければ時間が足りないので、ここは有名どころを10作品程選びその絵について知識を入れてから本物をじっくり観ると良いかと。そして可能であれば現地に行く前にナショナル・ギャラリーのホームページで開催中のイベントを調べていくと良い。あれも、これもは出来ないので集中して時間を過ごす事をお勧め。

  1. フェルメール:「ヴァージナルの前に立つ女/Wiki」(1670-1672年)
  2. ティツィアーノ:「バッカスとアリアドネ/Wiki」(1520-1523年)
  3. セザンヌ:「大水浴図/英語Wiki」(1894-1905年)
  4. スーラ:「アニエールの水浴/英語Wiki」:(1884年)
  5. モネ:「ラ・グルヌイエールの水浴/英語Wiki」(1869年)
  6. ジョバンニ・ベッリーニ:「レオナルド・ロレダン/Wiki」(1501-1502年)
  7. アンソニー・ヴァン・ダイク:「チャールズ1の肖像/英語Wiki」(1637-1638年)
  8. フランソワ・ブーシェ:「ポンパドゥール夫人の肖像/英語PDF」(1763-1764年)
  9. ドミニク・アングル:「座るモワテシエ夫人/英語Wiki(1856年)
  10. トマス・ゲインズバラ:「アンドリューズ夫妻の肖像/英語Wiki」(1750年)
  11. ルーベンス:「サムソンとデリラ/英語Wiki」(1609-1610年)
  12. クロード・ロラン:「聖ウルスラが上陸する風景/英語national gallery(1641年)
  13. レンブラント:「34歳の自画像/英語Wiki」(1640年)
  14. ゴッホ:「ひまわり/Wiki」(1888年)
  15. ヤン・ホッサールト:「三賢王の礼拝/英語Wiki」(1510-1515年)
  16. ハンス・ホルバイン:「大使たち/英語Wiki」(1533年)
  17. ヤン・ファン・エイク:「アルノルフィーニ夫妻像/英語Wiki」(1434年)
  18. ピエロ・デラ・フランチェスカ:「キリストの洗礼/英語Wiki」(1437年)
  19. パオロ・ウッチェロ:「サン・ロマーノの戦い/英語Wiki」(1438-1440年)
  20. ミケランジェロ:「キリストの埋葬/英語Wiki」(1500-1501年)
  21. ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナ:「戦艦テメレール号/英語wiki」(1839年)
  22. ジョン・コンスタブル:「乾草の車/英語Wiki」(1821年)
  23. ラファエロ:「カーネーションの聖母/Wiki」(1506-1507年)
  24. カナレット:「ストーンメイソンズ・ヤード/英語Wiki」(1725年)
  25. ミケランジェロ:「エマオの晩餐/英語Wiki」(1601年)
  26. ディエゴ・ベラスケス:「鏡のヴィーナス/Wiki」(1647-1651年)
  27. ダ・ビンチ:「岩窟の聖母/Wiki」(1491-1492年,1499年)
  28. 作者不明:「ウィルトンの二連祭壇画/Wiki」(1395-1399年)
  29. サンドロ・ボッティチェッリ:「ヴィーナスとマルス/英語Wiki」(1485年)
  30. ジョージ・スタッブス:「ホイッスルジャケット/英語Wiki」(1762年)

2020年東京・大阪にてロンドン・ナショナルギャラリー展開催

ロンドン・ナショナルギャラリー展が以下の日程で開催される。
2020年3月3日~6月14日  国立西洋美術館 東京上野
2020年7月7日~10月18日  国立国際美術館 大阪中之島
オフィシャルサイト: https://artexhibition.jp/london2020/

上記リストの内、「13.レンブラント:34歳の自画像」「14.ゴッホ:ひまわり」も日本初上陸するので、国内でこれらの作品を観に行けるのであれば、その他の作品に集中すると良いでしょう。

こぼれ話-旅行時の靴

今回私が旅行した2018年8月19日は、テムズ川を挟んで向こう側の宿から川沿いに「宿→シェイクスピア・グローブ→ロンドン・アイ→ビッグ・ベン→ウエストミンスター寺院→ピカデリーサーカス→レスタースクエア→ナショナルギャラリー」と歩いていた。最終的にナショナルギャラリーに到着して絵画鑑賞をしたのですが、とにかく歩き疲れていて美術館に素晴らしい絵画が沢山あるにも関わらずソファーを見つけては足を休めていた。
とにかくナショナルギャラリー内は歩くので、観光する予定があるのであれば足に優しい靴で行く事をお勧めする。私も歩きやすい靴で訪れていたものの、到着前に散々歩いたせいで1部屋進んではソファーに座るを繰り返す始末。ロンドンの地下鉄は便利だけど、駅構内は広くホームは地下深いのでエスカレーターを使うとはいえとても歩く。頻繁に起こる路線運休などで地下道内で別路線まで歩くと何気に1駅歩いていたりもする。
ロンドンの市内観光をツアーではなく個人旅行でするのであれば、靴には本当に気を配った方が快適な旅行が出来るでしょう。

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